ひとりぐらしの真夜中

"I have a new philosophy" 暮らしの小ネタ集。

貧しき食事

去年の話(2016年5月)になるのですが、ピカソ、天才のひみつを見に天王寺あべのハルカス美術館に行ったことがあります。
 
そのピカソ展で、わたしは10年前から願っていた 貧しき食事という作品との再会を果たしました。
 
わたしが貧しき食事を見たのは、過去の日記より今から10年前の2006年10月22日なようでした。
 
"1枚しかなかったし全然まだきゃっこうをあびてないときやけど その1枚しか(たぶん)なかったピカソは 

すごかったねー 

全部じゃないけど絵の横に説明書きが書いてあって 
まぁピカソのにも書いてあったんやけど 
ピカソはめっちゃど貧乏で銅版を買うお金もないから 
友達の使い古しのその上からかいたってゆう作品で 
うっすらその友達の描いた木みたいなんが残ってるねんなー 

またその絵の2人のひとががりがりでまじ貧乏っぽい感じで 
これぞほんものってゆう感じですごいなって思っちゃいました・・ 
ご飯を買うお金がなくても、絵を描く道具もないのに 
やめなかったピカソ・・ 
ルノワールとゆう人は病気で手が動かなくなっても 
包帯で鉛筆をしばりつけて死ぬまで書き続けたそうな・・ "
 
2006年のわたしです。
 
当時は巨匠ルノワールという存在も脚光という漢字も知らなかったんですね!
 
みずみずしい筆致と力強い文章だと思います。お恥ずかし。
 
そこから10年の間、わたしは何故あのときあの作品のタイトルを記憶しておかなかったのか、ということを悔やみまして、図書館でピカソの本を読み、ヨーロッパに行ってもルーブル、オルセー、近代美術館、ピカソ美術館、ソフィアとありそうに思えるところでは探してみましたが、全然見つからずでした。
 
盲点でしたが、貧しき食事は日本でもコレクションされていたようです。
 
10年前に思っていたこととはちょっと違っていた点が、
・貧乏すぎて銅板が買えなかったというより、当時銅板は高価だった為買えなかった。
・きゃっこうを浴びてない時代なりにもこの作品は有名らしい。
 
ので10年越しに訂正させていただきます。
 
あとこの作品は版画な為何点かあるようでして、今回の展示でも2枚同じ作品が展示してありましてそれにも驚きました。
 
絵画は願えばまたどこかで再会できる可能性があるところが面白いなと思いました。
 
自分がいいな、と感じた絵についてはポストカードを買っておくか、少なくとも作品名をひかえておく。
 
(美術館内でひかえたい場合は携帯電話はおそらく禁止しているのと、ノートに書く際もインクを使うことを禁止している場合があるので注意です。)
 
どこかの美術館や個人が大切に保管してるはずなので、いつか、どこかで、またね。
 
再び出逢った貧しき食事を見てそんなことを思いました。
 
10年前思ったこととは全然違っていて、それもまた面白い。
 
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またいつか逢えることを楽しみに、貧しき食事とスープのポストカードを買いました!
 
 
ちなみに、わたしがネット上に初めて書いた文が先ほど引用した2006年10月23日にmixiにあげたピカソの話です。
 
この10年振り返っても書くことは好きだったなーということ、人に読まれて嬉しいなーという気持ちと恥ずかしいなーという気持ちが同居してるということはあまり変わりないですね。